オペラスタジオピーノ「街に出たオペラ歌手」が街の元気をお手伝い
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「街に出たオペラ歌手」小松俊彦が歌う
"街に出たオペラ歌手"
小松 俊彦
声楽家(バリトン)

小松俊彦声楽教室
長野市松代町松代675
電話:090-8745-4593
走りの景色と旬な人 街に出たオペラ歌手
【小松俊彦さん】の巻
(ウイークエンドアサヒ 2008年3月7日号より)
詩心・歌心のメッセージパート1/3月23日(日)長野県県民文化会館小ホールにて。
 数年前「オペラで町を元気にしたい」といきいきと語り、カルチャー教室講師やオペラの出前講演を精力的に行ってきた小松俊彦さん。近々リサイタルを開くと聞き、お話をうかがいました。

 「今までイベントなどで忙しく活動してきましたが、自分の声楽家としての原点に立ち戻り、見直してみようと思いリサイタルを開くことにしました。」大きな体躯、柔らかなバリトンの声で小松さんは語ります。
「長い間、東京で舞台を中心にした活動の後、年老いた両親の介護の為、15年ほど前に信州松代に戻ってきました。歌に介護にと走り回っているうちに、両親が亡くなり、はつと気がついたら、歌を楽しみ生涯の友としてきたつもりが、自分が何をやるべきかよくわからなくなってしまったのです。」
聞けば、一昨年の秋、軽い脳梗塞に倒れたそうです。
「朝起きたら歯ブラシが握れなかったんです。でもその日は川中島で本番があったので、なんとかそれをこなして、病院に駆け込みました。幸い状態は軽く、10日ほどの入院ですみました。」
しかし、小松さんは介護の役目を終え、病後の体が回復期に向かう中、あんなに楽しかったオペラを歌うエネルギーが枯れてしまっている自分を知ったそうです。気分が落ち込む日々、活動を支えてくれたパートナーとのコミュニケーションもうまく行かなくなり、何もかもがダメになっていくような気持ちが襲ってきたそうです。
「でも、これじゃあいけない。何の為に長野に戻ってきたのか。私の歌声で皆がハッピーになり、町の一角が少しでも楽しくなったらいいじゃないか…。60代を歩み始めた最近、そんなシンプルな歌への希望を思い出しました。残りの人生を心安らかに、問いてくれる人、一緒に歌ってくれる人を友として。もう一度高らかに歌おう。」

 タキシードに身を包み、背筋をしゃんと伸ばした小松さん。少し高めの朗々たるバリトンがイタリア古典歌のアマリッリや日本の唱歌に乗って響きます。歌声が響く街角は楽しく明るいまちの印です。長野市の一角に小松さんの歌声が戻る日も近いかもしれません。 (取材・編集室)


信州人vol.5 People 小松俊彦
(月刊ながの情報・全県版1998年2月号)
「人生はドラマ、ドラマはオペラ」
サンタクロース 時はクリスマスの夕方。人で溢れる街角に、白いお髭のサンタクロースが現れた。そして突然歌い出す。その力強い通ったバリトンの歌声に、足を止める人々。歌うサンタに天からスポットライトがあたっている様な錯覚に陥った。’97年12月24・25日の両日。「街に出たオペラ歌手」小松俊彦さんはサンタになった。「オペラの素晴らしさを伝えたい」そんな気持ちが、街へと駆り立てた。〜中略〜「どこだってオペラはできる」と言い切る。〜中略〜「街に出たオペラ歌手」その名の通り、小松さんは街で歌う。お寺、土蔵、商店街のアーケード・・・。自作自演の「オペラ紙芝居」は子供達にオペラの楽しさを分かり易く伝えるに徹した世界初?のミニオペラ。また結婚式場で行なわれている「オペラウエディング」という企画・人前結婚式でもその力強い声を轟かせている。小松さんは舞台の場所を選ばない。それは「ポリシー」とか「こだわり」ではなく「自然な行動」なのだ。〜中略〜「人生はドラマ、ドラマはオペラなんです」と小松さんは苦笑する。〜中略〜小松さんは今日も街へと出かけていく。オペラの魅力を皆に伝える為に。

邸宅でオペラ上演/舞台はリビングルーム
(世界日報・文化部日下一彦)
警視総監スカルピア男爵 「トスカ」
警視総監スカルピア男爵 「トスカ」
「トスカ」が上演されたのは出版社社長・山崎さんの邸宅。拭き抜けの玄関ホールとリビングルームを合わせた広さ約40坪のスペースをそのまま使っている。〜中略〜部屋の中央には暖炉があり、奥にはアンティークな応接セットと執務用の机が置かれている。壁には画家でもある山崎さんの描いた油絵が掛かり、家具などの小道具はほとんどそのまま使った。二階に通じる階段もフルに使い、演出も立体的だ。歌劇場の舞台のような派手さ豪華さはないが執務室の雰囲気を十分伝えている。〜中略〜電灯が消され、燭台のキャンドルに灯がともる。食卓にはシャンパンとグラス、フルーツが並びその脇に凶器となる果物ナイフが置いてある。いよいよ「トスカ」の幕が開いた。〜中略〜本場イタリア語によるトスカとスカルピアの迫真の演技が室内に繰り広げられる。〜中略〜自称”オペラ狂い”というある会社員は「舞台と客席の距離がなく、”かぶりつき”の席なので、出演者の表情がよくわかり興奮しました」と語り、歌劇場のオペラとは一味違った手作りのオペラに”平成貴族”の面持ち。クラシックの生演奏を楽しみにやってきたというOLも「今まで遠い存在だったオペラが身近になりました」と感動していた。

陽気な本場”に行きたいムード
(こだわり人図鑑=1995年4月27日スポーツニッポン)
イタリアオペラ歌手の小松さんが朗々としたバリトンでイタリア語を話す。舞台経験が豊富なだけに、ジェスチャーが言葉同様にとてもスムーズ。見ているだけで陽気なイタリアの世界に引き込まれそうだ。受講者の一人は「先生には雰囲気があるからイタリアに行ってみたい気になる」と言う。〜中略〜「街に出たオペラ歌手」をキャッチフレーズとする小松さんは「気軽に生のクラシックコンサートを聴いてほしい」とヨーロッパの街の風景を使ったスライドをステージの背景に映し出すなど演出にも工夫を凝らす。「出前コンサート」を精力的に行ない、自ら日本語訳したカンツォーネやオペラを歌い、日本の作品も意欲的に採り入れている。〜以下略〜
絵の前でアリア=オペラ紙芝居
(信濃毎日新聞1997年7月20日)
オペラ紙芝居あまんじゃくとうりこ姫「多くの人にオペラの魅力を伝えたい」−。長野市のオペラ歌手小松俊彦が「オペラ紙芝居」という”ミニオペラ”を創作、このほど同市内で初演した。演じるのも、紙芝居を扱うのも、すべて一人。汗だくの熱演に、集まった約70人の小学生から盛んな拍手を受け、手応えを感じていた。
オペラ紙芝居は、ステージの背景や登場人物を描いた絵を場面ごとに差し替えながら、その前で登場人物のせりふやアリアを演じ、オペラを進行させる。紙芝居を入れる縦55センチ横80センチの大きめな額は、イタリアの伝統的なオペラ劇場のイメージをあしらい、雰囲気が伝わるように工夫してある。額や19枚の絵などの小道具は、趣旨に賛同した知人達が手作りで協力した。
〜中略〜20分余りのステージは大忙し。それでも床を震わせるような豊かな声量のバリトンに、小学生達は次第に引き込まれていった。〜以下略〜

夕べの街角=クリスマス=流れる歌声/陽気なサンタ現れた〜
外国青年も飛び入り(長野市民新聞1997年12月27日
サンタクロース クリスマスでにぎわうJR長野駅前の街角に24日と25日の夕方、陽気なサンタクロースが現れ、通行人に素晴らしい歌声をプレゼントした。歌っていたのは「街に出たオペラ歌手」の小松俊彦さん。「街を生き生きさせたい」と初めて街角に立った。〜中略〜通りかかったカップルや親子連れが足を止めて聴き入った。楽しい雰囲気に外国人の青年が英語で一緒に歌い出し、国際二重唱のハプニングも。学校帰りの梨本さん・小林さんも思わず立ち止まり「楽しくていいね」とクリスマス気分に浸っていた。

郷里にオペラの魅力を/Uターン声楽家の小松さん
(読売新聞1998年9月19日)
パトロネージュ・コンサート七年前に東京からUターンした声楽家の小松俊彦さんが、自らのレパートリーやオペラ紙芝居を演ずる「パトロネージュ・コンサート」をこのほど、長野市民文化ホールで開いた。「パトロネージュ」とはスポンサー募集という意味でオペラ紙芝居などユニークな活動を企業や多くの人々に知って欲しいと開かれた。〜以下略〜

地元拠点に夢追う
(ながの人模様=長野市民新聞1997年9月4日)
オペラ紙芝居あまんじゃくとうりこ姫 長年、東京で藤原歌劇団などに属し、数々の華やかなオペラの舞台を踏んだ。両親の世話をしようと長野に拠点を移し、自らを「街に出たオペラ歌手」と名付けて一人で活動を始めたのは6年前。「街角コンサート」やホテルでのディナーコンサートなど、独自の活動を続けている。長野での活動は「常にジレンマが付きまとっています」。主催者からの突然のキャンセル。安く値切られるギャラ。地元なのに、拠点を移しただけで、今までの実績が認められなくなった。〜中略〜それでもようやく自分のコンサートに何度も足を運んでくれる人や励ましの電話が増え「地元にも自分を支えてくれるファンが根付いて来た」と変化を実感している。最近、伴奏も全て自分一人でする「オペラ紙芝居」を考案、市内の児童センターで公演した。集中して聴いている子供達の顔。こうした手ごたえを、一つ一つかみしめている。〜中略〜「生まれ育った長野の日常生活に
芸術文化を寝付かせたい」ーかなたに見える夢を追う。

オペラ紙芝居を熱演
(1997年7月25日松代南長野新聞)
〜前略〜「様々な場所に出向き、多くの人にオペラの魅力を伝えたい」とオペラ作品を紙芝居に仕立てた。横80センチ縦55センチの紙芝居は通常の2倍の大きさ。ストーリーの大半を小松さんの歌で進めていく。今回初めて披露ということで、なじみやすい民話「あまんじゃくとうりこ姫」を演じた。鑑賞した1年生から4年生までまでの75人は、こんなに近くで生のオペラを聞くのは初めて。小松さんのお腹の底から出てくる声と声色を変えて6役を演じ分ける器用さに目を丸くした。「大きな声が出てすごい」「歌に身振り手振りが入って格好いい」と4年生の女子。絵をめくるのもカセット操作も一人で行なう汗だくの熱演に、すっかり物語りの中に引き込まれていた。

唱歌から伊の曲まで=自身のプログラムを紹介
(1998年9月22日長野市民新聞)
〜前略〜自身の演じるプログラムを広く紹介する初の「パトロネージュ・コンサート」を開いた。約100人が訪れ、日本の唱歌からイタリアの曲まで幅広いレパートリーに耳を傾けた。〜中略〜来場した篠原さんは「自分の哲学を持ち、ひたむきに音楽活動に取り組む姿勢が伝わってきます」と話していた。
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小松俊彦声楽教室  長野市松代町松代675  電話 090-8745-4593